名前については色々な思いがあり、また、色々な視点からの見方があるので、これから少しずつ書いていこうと思っていますが、

最初の記事として、私自身の名前について思っていることを、書いてみようと思います。


ここでもそうですが、私がネット上で使っている名前は「花陽(かよう)」。

最初は仕事以外の絵を描く時の雅号としてつけたのですが、気に入っているためハンドルネーム(以下HNと表記します)としても使いだしたところ、

10年近く経つうちに、その名で知り合った人も多くなり、時にはリアルな友人まで「花陽さん」と呼ぶことがあるくらい、私にはなじんだ名前になりました。


そしてこのHNには、本名と同じ字、同じ読み方を使用しています。

その、両方に使っている「陽」の文字が、私を今まで死なせずに守ってくれた大きな力のひとつではないかと、実はかなり以前から、確信に近い強さで感じているのです。




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20代に入った頃からずっと、イラストや文章の仕事などで複数のペンネーム(以下PN )を使用して来ましたが、どれもしっくりこず、

中には自分でつけたにもかかわらず、数年経った時に暗いものを感じるようになったりしたものもあり、今では色々な理由でほとんどの過去のPNは使わないようになりました。

それらと花陽というHNが決定的に違うのは、前述のように、本名と同じ「陽」の字が入っていること。そして、一番普通の読み方で読む、同じ音で使っていること。


名前の持つ力には、本当に様々な奥深いものがあり、一言では説明しきれませんが、

漢字が象形文字である以上、それがもともと象(かたど)っていたものや、意味したものの力、加えて何千年も人々に使われる間に、変わったり込められたりしてきた意味や背景、

持っている様々な印象や質感のようなもの、
そして発音した時の音の響き、

等々、全て絡み合った力が、名前ひとつには込められていると感じます。
私は子供の頃から、そういった名前の力を自然と意識し始めていました。

人が生まれて名が付けられた時から、その音で呼ばれ、その文字を常に目にして、その名の力を色々な意味で受けて育つということに、言葉にしきれない意味深い、大きな影響力を感じてきたのです。


そして今も、外見的に名前の持つ単純な印象とぴったりの大人に育つ人ばかりではけしてないけれど、名前の影響を受けない人は、この世に一人もいないだろうと思っています。

誰もが見かけよりずっと大きく、名前の影響を受けているのでは、と。


私の「陽」の字は、そのほんの一例。

では、どうして「陽」というただの文字、名前、音が、命を守ってくれてきたとまで思っているのか、そのわけを少々書いてみましょう。



(続く)→ アップしました。「読めない名前を持つ父~「陽」の字が私を守った 2

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